聴神経鞘腫
聴神経(特に前庭神経)から発生した腫瘍です。内耳道という神経が走行している部位には、前庭神経(体のバランス感覚に関わる神経)、蝸牛神経(聴力の関わる神経)、顔面神経(顔の動きに関わる神経)が走行しています。この神経の中で、前庭神経が腫瘍化したものが聴神経鞘腫であり、この腫瘍が蝸牛神経を圧迫し聴力低下の原因となります。
この腫瘍が、耳鳴り、聴力低下やめまい、ふらつきを自覚することが多く、ある程度症状が進行した状態で発見された場合は、腫瘍自体大きくなっていることが多く、診断された時点で手術を勧められることが多いです。また近年では脳ドックの発展とともに、無症状で発見される小さな聴神経鞘腫も増えてきました。聴力が問題ない状態ですと、ほとんどの施設では経過観察の方針となることが多いです。
また、近年の放射線治療の革新により定位放射線治療を勧められるケースもあります。我々のチームは、聴神経鞘腫が発見された段階で、内耳道内に限局している腫瘍であっても、基本的には聴力温存を目的とした手術を提案しております。小さな腫瘍で聴力温存を目的とした手術の場合、鍵穴手術が可能となります。また聴力が残せるかどうかは耳鼻科的な聴力検査が重要となりますので、術前に聴力検査を受けて頂き評価させて頂きます。客観的評価にて聴力が消失、ほぼ聞こえていない状態の場合は、聴力温存を期待する手術は難しく、全摘出を目指した手術をご提案させて頂いております。
この聴神経鞘腫の治療は、聴力が残っているかどうか、大きさが大きいか小さいかによって治療方針が異なります。患者様ごとにこの病気への向き合い方、生活背景は異なりますし、どのような症状が出現しているか、腫瘍の大きさも患者様ごとに異なります。また治療方針としても、基本的には、手術、経過観察、定位放射線治療の3通りですが、いつ手術するのか、聴力温存できるのかできないのかと選択肢があり、できる限りそれぞれの患者様にあった治療を提案させて頂きたいと思っております。
代表例をお示しします。
50代の男性
3年前から聴力を消失され、2ヶ月前から口角のしびれ症状を自覚され当院受診されました。
受診時、耳鳴りの症状強く、聴力は消失していました。ご本人と相談の上、耳鳴りを改善するための治療を希望され、手術の方針となりました。
MRI検査です。左内耳道から発生する腫瘍を認めます。(赤矢印)脳幹にも少し食い込んでおり、この大きさで発見された場合は、手術が第1選択になります。
実際の手術写真になります。狭い視野から腫瘍が確認できます(赤矢印)。表面は血管が走行しており、出血をコントロールしながら摘出します。
実際の手術写真になります。腫瘍(赤矢印)の体積が減少し、顔面神経(黄矢印)から腫瘍を少しずつ剥離している状態です。
40代の女性
40代の女性です。左の聴神経鞘腫に対して他院で2年前に手術治療を受け、残存腫瘍が再増大してきたため、当院受診されました。左写真はMRI検査です。白く写っているものが腫瘍です。(黄矢印)腫瘍自体が脳幹に食い込んでいるため、脳への保護を第一優先に考え特殊なアプローチで手術しました。右図は頭部CT検査ですが、1度目の手術では黄矢印から腫瘍にアプローチしています(典型的な聴神経鞘腫に対するアプローチです)2回目の手術となると、1度目と同じアプローチで行うと、癒着が強い場合、脳組織を傷つける可能性が高いため、我々は、錐体骨の一部を骨削して腫瘍にアプローチする方法を選択しました。(赤矢印)
術中所見ですが、左写真の白く見えるものが腫瘍です。(黄矢印)狭い隙間から大きな腫瘍を摘出することがわかると思います。右写真は腫瘍を摘出した後です。大きな腫瘍が摘出され脳幹が見えております。
術後の画像検査ですが、左写真はMRI検査であり、術前に認めた白い腫瘍の部位が消失しており、全摘出の評価です。右写真は、CT検査ですが、黄丸の部位の骨が消失しているのがわかります。このような特殊なアプローチでの手術でも6時間程度の手術時間で終了しています。(一般的な平均手術時間は、10-12時間程度)
無剃毛での手術ですので、術後の傷もほぼわかりません。(茶色の消毒液が付着しているところが皮膚切開した部位です)